9.昆布と明治維新
密田家は、江戸時代より能登屋と号し、富山を代表する売薬商家でした。この密田家を中心とした富山の売薬が、財政破綻をきたした薩摩藩に昆布を贈り藩内の 売薬の権利と中国の生薬薬材を得たと言います。薩摩藩は、琉球経由で昆布を中国、当時の清に送ります。
つまり、密貿易の拠点を琉球に置き藩財政を立て直し たというわけです。昆布は対清貿易の中心でした。周益湘「道光(1821)以後中琉貿易的統計」によると朝貢船の積み荷の86%が昆布で、多いときには 94%もあったそうです。
これは当時の交易に必要であった銀の海外流出を押さえる為、中国が必要とした昆布など海産物を質の低下をきたした貿易銀の代わり に使用した(俵物)ためです。その中心であった薩摩藩は赤字処理をし、倒幕に向けた準備に入っていきます。昆布が明治維新に関係したというお話です。
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